岐阜県医師会会報新年号投稿2022年新年号発表 食と皮膚、果たして産業革命は人類を幸福にしたのか;コールタールに毒された日本   八幡病院皮膚科  前田 学

岐阜県医師会会報新年号投稿2022年新年号発表

 

食と皮膚、果たして産業革命は人類を幸福にしたのか;コールタールに毒された日本

 

八幡病院皮膚科  前田 学

 

10月8日朝のモーニングショーで長寿の話題が取り上げられていた。視聴された方も多いであろう。世界には各地で長寿の多い地区が知られ、地中海食をはじめとする食材に共通するものが多いことも知られている。食は腸内細菌そうの育成に直結し、酪酸菌類が抗炎症作用を促す。この菌を育てるのに水溶性炭水化物が必要で、わかめ、ごぼう、大豆などがこの食材に該当する。なお、日本人は海に囲まれた環境で海藻類を摂取するため、特殊な腸内細菌が住みついている。欧米人はわかめを食べても消化できない理由がここにある。因みに腸内細菌は100兆個で、人間の細胞は60兆個の約2倍の数に上る。赤肉はほどほどに摂取して、麦や玄米、魚、大豆、海藻類といった本来の日本人食を主にすることが重要であるという結論であった。

小生の子供時代、代々の米屋兼農家で肉類はめったに口に出来ず、稀に豚や鶏を屠殺するとカレーに登場する程度であった。田植えの頃は食用蛙も蛋白の補給源として重宝した。当時はまだ冷蔵庫のない時代、朝一番の恒例は昨晩の残り物の匂いを「クンクン」嗅いで、腐っていないことを確認し、疑わしい時は一口食べて大丈夫かどうかを判断することであった。現代ではありえない習慣である。なぜなら石油から合成された防腐剤や抗菌剤が大量に使用されて、中毒を起こすことが皆無だからだ。日本では食中毒は無いに等しいが、一方、米国では年間3万人が食中毒で死亡している。時折、木炭バスが走る徳島・丹生谷の片田舎、戦後の食糧難の時代、おやつにも事欠き、サツマ芋やキュウリ、人参、イタドリを生でかじり、いりこを片手に腕白に明け暮れた少年時代であった。

幼少時から小中学を通じて、小生を含め鼻たれ小僧はほどほどに見られたが、アトピー性皮膚炎の学童は皆無であった。現在もチベットやモンゴルでは皆無で、東南アジアでも少なく、中国が日本の後追いで急増していると聞き及ぶ。では、日本をはじめ欧米に何故にアトピー性皮膚炎が急増したのであろうか。皮膚バリアの機能異常が関与し、天然保湿因子や水分保持能も低下して角層破壊を引き起こし、かさかさの乾燥性皮膚炎を悪化させていることは確かである。このバリア障害を証明する事例としてピーナッツを一度も口にしていない赤ちゃんのピーナッツ・アレルギーが上げられる。英国ではピーナッツ・バターをパンに塗るが、その際、床や椅子・机が汚染され、はいはいをした赤ちゃんの皮膚から抗原が侵入して感作することがわかった。ピーナッツを多食する中国人には見られないので、この感作は皮膚バリアの障害と相関する。

小生はライフワークの一つとして、皮膚と腺および食に焦点をあて、研究をしてきた。興味のある方は小生の単行本「元気な皮膚のつくり方」(おかむら,2014)を参照されたし。以下に要点を紹介する。産業革命以後、石油・石炭を活用することで文明は飛躍的に進歩・発展したが、その光栄の影に各種の副産物や副作用が台頭してきた。因みに産業革命の発祥の地、英国では渇き目、口喝、皮膚乾燥を有し、抗SSA/B抗体陽性のシェーグレン症候群数は他の国の100倍多い。水チャンネルを制御するアクアポリン(AQ)の異常が原因だが、小生はコールタール系薬剤が関与しているとみている。人類は化学合成物を日々3~4千種新規に合成しつづけ、総計1億種に及ぶ。天然のコールタールは「瀝青」と呼ばれた。シルクロードの貴重な交易品として知られ、ノアの箱舟の防水にも利用された経緯がある。合成のコールタールは発がん性があり、1915年に山極勝三郎教授がウサギの耳に2年半朝夕2回外用し、癌を発生させたことが知られている。世界広しといえども、癌死がトップ3に入る国は日本以外に存在しない。なぜ天然のものに代用できないのかというと、合成時、光学異性体のDとL体が半々生じるためである。この自然界には、L体は宇宙線で消滅してD体が大部分となっているので、微生物もD体にのみ対応する仕組みになっている。しかし、例外もあり、大腸菌は壁の一部にあえてL体を潜ませ、死滅を避けていると聞く。通常、L体は問題ないことが多いが、L体が問題となり、副作用を引き起こす好例がサリドマイドで、睡眠・術前鎮静剤や胃腸薬、つわり治療薬としてドイツから輸入され、妊婦が服用後アザラシのように肩から手が出ている乳児(フォコメリア)が数多く生まれた。L体が混入していたための悲劇である。ベトナム戦争で枯葉剤として大量に散布されたダイオキシン誘導体は胴体が一つのベトちゃんドクちゃんの奇形児を生んだことも記憶に新しい。最近では、アトピー性皮膚炎にもアリール炭化水素受容体(AhR)の異常が報告されているが、これもダイオキシン類で活性化される受容体の一種で、各種の合成添加物もAhRの活性化に関与していると考えられる。小生はシンプル・イズ・ベストの観点から、合成の衣服や洗剤も極力減らし、天然のものに切り替えるように指導している。軽い皮膚炎は軽減することが多い。皮膚は外からの刺激を防御する防波堤の役目を果たしている。最外層にある角層はいわゆる垢であるが、通常10~20層あり、一日一枚自然脱落している。したがって、ナイロンタオルなどでごしごし擦るのは禁忌で優しく扱う必要がある。皮膚は最大の広さ(1.6平米)、最大の重量(2キロ)を有する最も進化した臓器(人とサルを比較するとわかる)で脳より先に各種の知覚を感じることができるので0番目の脳ともいわれることを強調して筆を置きたい。

 

遠藤周作の言葉

アスファルトの道は歩きやすいが、足跡は残らない。砂浜は歩きにくいが、足跡は残る。

2022年11月2日